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2005年10月19日

靖国神社参拝、さて・・・

小泉首相の靖国神社参拝。はっきり言って私は反対なんですが、どうなんでしょうね。

朝日新聞の緊急世論調査では、首相が参拝したことを「よかった」とする人は42%、「参拝するべきではなかった」は41%で、賛否が二分されたとか。

ニューヨーク・タイムズにも厳しく批判されてしまった。
「東京の無意味な挑発」「日本の軍国主義の最悪の伝統を容認した」とね。

まあ、私の反対などとるに足らないでしょうがちょっと書いておきましょうか。

理由は2つ。
ひとつは憲法に反しているのではと言う点。
もうひとつはキリスト教徒として。

憲法違反については先日高等裁判所の判決が出たばかり。公人としての参拝は違憲とされた。
そのこともあってか、今回は全くの私人としての参拝だそうだ。
しかし、いくら普段の服装で賽銭を投げただけといっても参拝にはかわらない。

はやく戦没者慰霊の施設を造ってそこで慰霊の行事をやればいいのになかなかそれをしない。やろうと思えばそれこそ郵政民営化などよりも簡単にできるだろうに。
なぜ、靖国神社に拘るのか。

外国から靖国神社は戦争神社と呼ばれているそうだ。
たしかにその通りで、明治天皇が命名したとされる靖国神社は戊辰戦争の朝廷側戦没者を祀ったのが始まり。
以来、太平洋戦争の戦没者も祀っているわけだが、当然東京裁判のA級戦犯も含まれる。

キリスト教徒としてみると、どうして戦争で死んだ者が神として礼拝の対象になるのかよくわからない。
日本には八百万の神がいて、その気になればなんでも信仰の対象になるとはいえ、戦死者がもし神になるのだったら反対に相手の殺された者はどうなるの?
要するに、私には国が国民を戦争に駆り立てるために作られた巧妙な仕組みにしか思えない。

私は仕事がら地鎮祭を何回も経験した。
地鎮祭は起工式も兼ねて、大地の神々を鎮めるのを目的としている。工事中の安全はもちろん、工事終了後も安寧でいられるようにとの願いをが込められている。

私は20代で洗礼を受けたキリスト教徒だったので、はじめのうちは反発も正直あった。しかし、工事責任者として地鎮祭には参加した。
信仰心の高い人だったら拒否することもあったかもしれないが私はそうしなかった。施主の願いでもある、工事の安全祈願にあえて拒否の態度をとりたくなかったからかもしれない。
筋が通っていないと言われればその通りだけれども。

しかし、地鎮祭とはいえ民間工事のみで、公共工事で地鎮祭を執り行ったことは一度もない。
それこそ、国であれ、県であれ、市の工事であれ地鎮祭など行ったら問題になるに違いない。
posted by PEN at 22:54 | Comment(0) | TrackBack(1) | 雑記・日記 | |
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